2025年09月30日
ハラスメント
著しい迷惑行為や度がすぎた要求をするカスタマーハラスメント(以下、カスハラ)の話題をよく耳にする昨今、企業ごとに「カスハラ対策」をすることが急務となってきています。
しかし、一口に「カスハラ対策」といっても、新たなカスハラが次々に発生したり、クレームの内容が多種多様にわたったりと、自社にとってベストな対策を見つけることは意外に難しく感じられるかもしれません。
この記事では、今までに実際に起こったカスハラ行為とその際の企業の対応を解説し、今後各企業がとるべき「カスハラ対策」をまとめました。
自社の安全・信頼を守るために、実例から然るべき対応と備えを学んでいきましょう。
カスタマーハラスメントとは、以下のように定義されています。
「職場において行われる顧客、取引の相手方、施設の利用者その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者の言動であって、その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより当該労働者の就業環境を害すること」
分かりやすくいえば、顧客や取引先から過剰な要求をされたり、商品やサービスに対して不当な言いがかりをつけられたりすることをカスハラと呼ぶのです。
なお、現代では対面だけではなく、SNSを通したカスハラも存在します。
ここで、典型的なカスハラのパターンについて、いくつかご紹介します。
では次に、カスハラに該当する代表的な事例について詳しく見ていきましょう。
記事を作成した2025年9月現在においては、法案成立後指針が示されていませんので、令和3年厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を参考にご紹介します。
お客様や取引先の要求が妥当性に欠けている場合は、カスハラに該当する可能性が高いです。
例えば、
・提供している商品やサービスに欠陥や破損、不注意がない場合
・要求内容が、企業の提供しているサービスや商品と一切関係がない場合
などです。
上記の理由に当てはまるにもかかわらず、返金要求や謝罪要求などをしてくる場合は、カスハラとして認定されやすいといえます。
お客様や取引先の主張に正当性や妥当性があったとしても、要求を実現するための手段や態様が「社会通念上不相当」な場合には、カスハラに該当する可能性が高いです。
よくあるケースとしては、
1.店員への長時間の拘束
不退去・居座り・監禁など
2.名誉棄損・侮辱・ひどい暴言
差別的・性的な言葉や同じ内容を繰り返すクレームなど
3.著しく不当な要求
金品の要求・土下座の強要・SNSでの晒し行為など
4.脅迫・暴行・傷害
実際の暴力や精神的な攻撃
などです。
また、場合によっては商品交換の要求や、金銭的な補償の要求もカスハラに該当する可能性があります。
参考:令和3年度 厚生労働省「カスタマーハラスメント企業対策マニュアル」
それでは、カスハラ行為の事例と企業の対応をご紹介していきます。
事案の概要
とある衣料品店において、前日に購入したタオルケットに穴が空いていたとして激高した顧客が来店しました。
店側はその場で返品対応をしたものの、怒りが収まらない顧客は居合わせた従業員と店長に対して土下座を強要しました。
そして、その様子を撮影し、後日SNS上に投稿しました。
さらに、土下座だけでは気が済まないとして店長・店員が自宅に謝罪にくるように訴えました。
企業の対応
当該顧客に対して、警察への通報を実施しました。
※その場では土下座で対応したものの、自宅での謝罪を要求されて店側が被害届を提出しました。
その結果、強要罪(刑法第223条第1項)に当たる可能性がある事例です。
対応の成果と課題
毅然とした対応により世論の支持を獲得し、土下座を強要するような行為への社会的非難が集まり、企業イメージの悪化を最小限に抑えることができました。
また、SNS拡散までの初動対応の早さと判断力の重要性が浮き彫りになる事例でした。
参考:文春オンライン 「土下座せえへんかったら、店のもん壊す」ついには店員の頭を蹴るヤカラも…日本をむしばむ「モンスター客」の壮絶実態
事案の概要
ある書店で、長年にわたり陰湿なカスハラ・セクハラ行為をし続ける顧客がおり、それに悩んだ販売員が数名退職するなど店舗側に被害が出ていました。
その顧客は、決まって女性販売員にのみ毎回同じやり口でカスハラ行為をし、ひどい暴言に耐えかねて女性販売員が泣いてしまうこともありました。
そこに駆けつけた店長にも暴言を吐いてまくしたてるという行為を、何年も繰り返していました。
企業の対応
・カスハラ行為をする顧客の情報を、お客様相談室などの本部と共有しました。
・カスハラが発生した際に店長がその場で顧客を引き止め、上位役職者との面談に繋げました。
・面談にて、その日と今までのカスハラ行為を認めさせ、店舗出入り禁止の対応をとりました。
対応の成果と課題
カスハラ行為が認められたその場ですぐ面談体制を整えて対応したことで、販売員は安心することができました。
そして、その日および今までのカスハラ行為を確認する毅然とした話し合いにより、カスハラ顧客に報復なしで店舗出禁措置を講じることができました。
一方、悪質なカスハラ問題を店舗のみで抱え続け長年本部に報告をしなかったことについては、情報共有の脆弱さが課題となった事例です。
参考:隠した本を探させて文句を言う。女性書店員を泣かせた<カスハラの王様>を出入り禁止にした方法とは
事案の概要
とある県のバス停にて、発車しようと一度ドアを閉めたバスに乗り込んできた男性が、運転手に「駆け込み乗車するなっていつも言っているのお前だろう」「お前降りろや」等といきなり怒鳴りつけました。
そして、その後営業所に連絡する為に運転手がバスを降りたことで、当時少なくとも35人いた乗客らは次のバスに乗り換えざるを得なくなりました。
次の停留所で当該バスを待っていた利用客等も併せて、40人以上に影響が出ました。
企業の対応
・企業は警察に通報しました。威力業務妨害の疑いが高い事例です。
対応の成果と課題
当時はまだバス業界のカスハラ対策がなかったため、これを機に公益社団法人日本バス協会が「バス業界のカスタマーハラスメントに対する基本方針」を作成しました。
参考:【愛知県名古屋市 市バス運転手にカスハラで逮捕】 乗客35人乗り換え余儀なく(2024/10/20)
事案の概要
とある町の役場の対応に不満を持った男性が、役場職員を自宅に呼びつけ、翌日未明まで約8時間暴言を浴びせる事案が発生しました。
その際に録音されたデータには、「木刀で後ろからぶち破ってもいい」「家はわかる。いなかったら嫁もいるだろうから待たせてもらう」等の暴言が記録されていました。
この男性は、以前から役場職員の対応について激しい苦情を繰り返していました。
そして呼びつけられた職員の一人は抑うつ状態と診断され、まもなく役場を退職しました。
役場の対応
・役場は警察に通報しました。この男性は脅迫や強要等にあたる可能性が高い事例です。
・この件を受け、町は「不当要求行為等対策条例」を制定し、不当要求行為が「明らかに違法と認められる場合又は職員その他の者に危険が及ぶおそれがあると認められる場合には、上司の指示又は職員自らの判断により、警察への通報その他の必要な措置を講ずる」こと等が定められました。
・名札の表記を苗字のみに変更、役場内に監視カメラを設置する等の対策も導入しました。
対応の成果と課題
対応を公表し毅然とした姿勢を示したことで、役場の職員の安心感を一定程度回復させました。
しかし、初動対応の遅れにより役場職員のメンタルダメージが深刻化してしまい、退職に追い込んでしまったという課題も残りました。
参考:「家はわかる。嫁いるだろ」職員へカスハラ、脅迫容疑で男を書類送検|朝日新聞
大切な従業員を守るためにも、自らの事業を守るためにも、企業としてカスハラへの備えを整えることは欠かせません。
前述の実例を参考に、現場で迷わず動けるようにするための具体的な取り組みを、社内体制づくり・教育・外部連携の3つの視点から解説します。
カスハラ発生時に誰が最終判断を行うのかが曖昧だと、現場は報告先に迷い、初動が遅れてしまいます。
こうした混乱を防ぐために、ハラスメント対策の責任者や対策本部を設置し、連絡先や権限、判断基準を明確にしておきましょう。
責任者の存在がはっきりしていれば、現場は安心して報告でき、組織としても一貫した対応が可能になります。
特に複数拠点や店舗がある場合は、それぞれの拠点ごとに責任者を置き、緊急時にすぐ連絡できる体制を整えることが重要です。
「何がカスハラに該当するのか」「そのときどう動くのか」を明確に示すため、基本方針とマニュアルを作成します。
基本方針には、クレームとのボーダーラインや、自社が定めるカスハラの具体例を盛り込みましょう。
業界特有の事例を洗い出し、受けてよい要求と受けられない要求の線引きを明確にした上で、実際の対応手順をわかりやすく整理します。
マニュアルは紙やPDFなどすぐに確認できる形で共有し、社会情勢や事例の変化に合わせて定期的に見直すことも大切です。
まだ自社で何をカスハラと判断すればいいのか迷うことが多いと思います。対策の初期段階ではやむを得ないことです。
対策本部から現場に「協力してほしい」と伝え、事例を集めてカスハラに当たるのかどうか、どのように対応すればいいのか検討し続けましょう。
カスハラは証拠の有無がその後の対応に大きく影響します。
「言った」「言わない」の水掛け論にならないよう、録音や書面、映像などの客観的な記録を残せる体制を整えておきましょう。
店舗であれば防犯カメラの設置場所や死角を点検し、コールセンターであれば通話録音の保存期間や検索方法をあらかじめ決めておくと安心です。
また、発生日時や場所、相手の言動、対応内容などを簡単に入力できる社内フォームを用意しておくと、情報の漏れや抜けを防げます。
被害を受けても、どう動けばよいかわからずに時間だけが経ってしまう従業員も少なくありません。
そこで、社内に相談窓口を設置し、その存在と利用方法を全員に周知することが大切です。
匿名で相談できる仕組みを導入すれば、声を上げやすくなり、早期発見と迅速な対応が可能になります。
また、相談後に不利益な扱いを受けないことや、相談内容の秘密が守られることを明確に伝えることで、安心して利用できる環境を整えられます。
カスハラ対応の知識があっても、いざ現場に直面すると動けなくなることがあります。
そのため、実際の場面を想定したロールプレイング研修を行い、声のかけ方やエスカレーションの手順を体で覚えておきましょう。
被害者役、対応役、観察役を交代しながら行うと、さまざまな立場から学びを得られます。
実際のやり取りを通じて「言いにくい場面での切り出し方」や「場を落ち着かせる言葉の選び方」なども身につけられます。
正当な要望とカスハラは似て非なるものです。
顧客や取引先の指摘が業務改善につながる場合もあれば、単なる人格攻撃や過剰な要求である場合もあります。
こうした線引きを誤らないために、実際の事例をもとに判断基準を共有し、全員が同じ基準で対応できるようにしましょう。
「目的が問題解決か、相手への攻撃か」「要求内容が社会通念上妥当か」など、具体的な視点を持って判断することが重要です。
上司や責任者が現場でカスハラを目撃した場合は、ためらわずに介入し、被害者を安全な場所へ誘導することが求められます。
一次対応で重要なのは、その場で部下を守る行動を取ることであり、加害者と一緒になって部下を責めるようなことは絶対に避けなければなりません。
迅速な介入は職場全体の雰囲気悪化や二次被害を防ぎ、他の顧客や取引先への影響も最小限にとどめます。
介入後は必ず状況を記録し、被害者のフォローと再発防止のため相談窓口や対策本部との共有、振り返りを行いましょう。
深刻なカスハラに発展する可能性がある場合、発生してから慌てて動くのでは遅れます。
事前に顧問弁護士や所轄警察の連絡先、通報基準、必要な記録や書類の準備方法を確認し、社内で共有しておきましょう。
あらかじめ手順が整っていれば、現場の不安は軽減され、迅速かつ的確な対応が可能になります。
一社だけで対応を抱え込むと、対応の幅が狭まり限界が来ます。
業界団体のガイドラインや他社の好事例を参考に、自社のマニュアルや方針を随時アップデートしていくことが重要です。
業界全体で対策を進めることで、従業員の安心感が高まり、業界全体の信頼性も向上します。
近年は、やり取りの一部が切り取られ、事実と異なる形でSNS上に拡散されるケースも増えています。
こうした事態に備えるために、広報と法務、現場が連携できる体制を整え、事実確認の手順や初動で発表する声明文のひな形を用意しておきましょう。
発生時には推測での発信を避け、事実関係の確認を優先することが、炎上や誤解を最小限に抑える鍵となります。
東京都のハラスメント条例によると、議員と職員の関係もカスハラが生まれる関係として位置づけられています。
カスタマーの中に議員が入ります。立法と行政なので、カスハラの対象にならないと勘違いしている場合があります。
議会や役所に関係する方は、議員と職員の関係でもカスハラが起こりえると覚えておきましょう。
顧客からの理不尽な言いがかりや行動が急増している昨今は、カスハラ行為は「例外」ではなく「備えるべきリスク」と捉えていく方がよいでしょう。
そして、そのカスハラ対策には「毅然とした対応」と「従業員を守る」の両輪が大切になってきます。
本記事で取り上げたカスハラ行為と各企業・団体の対応を参考に、自社でも事例共有・対応方針の明文化を進め、事前にしっかりとしたカスハラ対策をしていきましょう。
また、ご紹介した最新の定義も押さえておきましょう。今後、厚生労働省が指針を公表すると思いますので、必ず確認してください。
メンタルリンクでは、今回の記事に関連した研修を行なっております。
詳しくは、以下をご覧ください。
【管理職向け】カスタマーハラスメント(カスハラ・BtoB型)対策研修
https://mental-link.co.jp/wp/service/training/customer_harassment/
【全社員向け】カスタマーハラスメント(BtoC型)対策研修
https://mental-link.co.jp/wp/service/training/customer_harassment_btoc/
株式会社メンタル・リンク 代表取締役 教育関係の企業(ベネッセグループ)で事業所や相談室の責任者を経験。その後、カウンセラー・研修講師として独立。 研修・講演は年間約200回、カウンセリングは年間のべ400人。 複数の組織でハラスメント防止委員会の委員を務めるなど社外でも活動している。『なぜパワハラは起こるのか 職場のパワハラをなくすための方法(ぱる出版)』『「ハラスメント」の解剖図鑑』(誠文堂新光社)『怒る上司のトリセツ』(時事通信社)など書籍・メディア掲載も多数。