「ハラスメント」は日本だけの問題?海外との違いをわかりやすく解説

ハラスメント

SNSやニュースなどでもよく見る「パワハラ」「セクハラ」「モラハラ」などのハラスメントに関する言葉の数々。

SNSやニュースでは、基本的に日本企業のハラスメントが話題になりやすいため、「もしかして、ハラスメントって日本だけが深刻なのでは?」と感じている人も多いのではないでしょうか。

実は、海外の国々でも同じような問題が起こっているのです。

この記事では、ハラスメント全般を俯瞰しながら、特に職場で起こりやすい「パワーハラスメント」を中心に、各国の呼び方や対策の違い、そして世界共通の課題を探っていきます。

日本と海外での働き方や文化の違い、国際的な労働基準や職場のハラスメント対策に興味を持つ方は、ぜひご一読ください。

そもそも「ハラスメント」とは

「ハラスメント」とは、相手を不快にさせる言動や、立場を利用したいじめ・嫌がらせの総称です。

性別に関わる「セクハラ」や、精神的な圧力を伴う「モラハラ」、そして職場で優位な立場を背景に行われる「パワハラ」など、種類はさまざまです。

この中でも特に日本の職場文化と深く関係しているのが「パワーハラスメント」です。

「パワーハラスメント」は、日本生まれ

そもそも、「パワーハラスメント」という言葉自体、何語なのでしょうか。

「パワーハラスメント」は一見すると英語のようですが、実は、日本で作られた言葉(和製英語)です。

メンタルヘルス研修やハラスメント防止のためのコンサルティングなどを手がける企業が、2001年に生み出した造語になります。

この言葉が作られた背景には、以下の日本特有の職場文化があります。

1.上下関係が強い

2.上司の指示には逆らいにくい

3.長時間労働・終身雇用など、閉じた人間関係が続きやすい

当時、『上司から「書類を目の前で破られる」「灰皿を投げつけられる」といったハラスメント』という例を挙げています。

こうした環境で、「権力(パワー)」を使ったいじめ・嫌がらせが問題視されるようになり、2001年以降、「パワーハラスメント」という言葉が急速に広まっていきました。

 参考:パワハラ誕生から20年、名付け親が抱く懸念「救済から排除の言葉に」

「パワハラ」は、海外ではどう呼ばれている?

では、海外には「パワーハラスメント」が存在しているのでしょうか。

日本生まれの言葉ため、海外で「パワハラ」という言葉は使われていませんが、実は、似たような行為はどこの国にもあります。

ここでは何カ国かをピックアップして、パワハラの呼ばれ方と各国のパワハラの状況などを紹介していきます。

※2025年11月現在で調べられる範囲のものとなります。最新の情報はご自身で確認をお願いします。

①フランス:「モラルハラスメント(harcèlement moral)」

職場での精神的な嫌がらせを指す法律用語で、フランスでは「モラルハラスメント」が労働法と刑法で明確に禁止されています。

この言葉は、精神科医のマリー=フランス・イルゴイエンヌ氏が1998年に出版した著書の中で提唱したことで広まりました。

行為を繰り返し相手の尊厳を傷つけたり、職場環境を悪化させたりすることが対象となり、内容によっては懲役や罰金の刑事罰が科される場合もあります。

日本でいう「パワハラ」とほぼ同じ意味で使われています。

参考:Service-public.fr(フランス政府公式サイト)

②アメリカ・イギリス:「Workplace bullying(職場のいじめ)」「harassment(嫌がらせ)」

英語圏では「Workplace bullying(職場のいじめ)」や「harassment(嫌がらせ)」と表現されます。

これらは造語ではなく、日常的にも使われる一般的な英単語です。

アメリカでは「敵対的な職場環境(hostile work environment)」という考え方があり、暴言や差別的な発言を繰り返すと訴訟の対象になることがあります。

また、イギリスでも「平等法(Equality Act)」などに基づき、差別や嫌がらせ行為を禁止する法律があります。

 参考:EEOC(米国雇用機会均等委員会)公式サイト

③ドイツ・北欧など:「mobbing(モッビング)」

ドイツや北欧では「mobbing(モッビング)」という言葉が使われます。

意味は「集団でのいじめ」や「組織的な嫌がらせ」で、同僚が一人を無視したり、排除したりする行為を指します。

ドイツでは明確な法律はありませんが、判例の中で「モッビング」は被害者の尊厳を損なう行為として扱われ、損害賠償や会社への責任追及につながるケースもあります。

参考:独立行政法人労働政策研究・研修機構|各国報告4 職場のいじめ・嫌がらせ—ドイツの現状 欧州諸国における職場のいじめ・嫌がらせの現状と取り組み

④中国:「霸凌(バォリン)」「欺凌(チィリン)」

中国でも「职场霸凌(職場いじめ)」という言葉が広く使われています。

「霸凌(バォリン)」は権力や地位を背景にした攻撃的ないじめを指し、「欺凌(チィリン)」はより広い範囲の嫌がらせ行為を意味します。

現時点では「職場ハラスメント」を直接的に規制する包括的な法律はありませんが、労働法や民法などを通じて、被害者が救済を求める動きが少しずつ広がっています

参考:朝日新聞 | 中国、市トップをパワハラで解任 告発からわずか5日で

国際機関も「職場での暴力・ハラスメント」を条約化

こうした世界各国のパワーハラスメントの状況を、国際機関はどう見ているのでしょうか。

実は、すでにこの問題は「世界共通の課題」として国際的にも取り上げられています。

ILO(国際労働機関)は、2019年に職場で起こる暴力や嫌がらせをなくすための国際基準として、「仕事の世界における暴力及びハラスメントの撤廃に関する条約(第190号)」を採択しました。

この条約は、身体的な暴力だけでなく、精神的・性的な嫌がらせもすべて対象としており、職場でのあらゆるハラスメント行為を防ぐための国際ルールとなっています。

条約は2021年6月に正式に発効し、以降、各国で批准(採用)の動きが進んでいます。

少なくとも2024年時点で39か国以上が批准しており、先進国・発展途上国を問わず世界的に広がりつつあります。

なお、G7(主要7か国)の中ではアメリカと日本が未批准とされています。

ハラスメント防止の意識が高まる中で、日本も今後どのように国際基準へ歩み寄っていくのかが注目されています。

参考:

ILO(国際労働機関)公式サイト

ILO190条約批准国

Wikipedia|Violence and Harassment Convention

日本と海外との「違い」の比較

ここで改めて、日本と海外のパワハラに対する比較をしていきましょう。

※海外は、フランス・アメリカなどの一部地域をピックアップして比較していきます。

比較項目日本海外(フランス・アメリカなど)
呼び方「パワーハラスメント(パワハラ)」※和製英語「モラルハラスメント(moral harassment)」「職場いじめ(workplace bullying)」「ハラスメント(harassment)」など
法的な扱い2020年に「パワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)」施行。企業に防止義務あり(罰則は限定的)フランスでは、モラルハラスメントを法律で明確に禁止、刑罰あり。米国では、職場の嫌がらせが民事訴訟の対象に。
文化的背景上下関係が強く、上司の言動に逆らいにくい。終身雇用や長時間労働など閉じた職場文化が背景。個人主義が強く、上司・部下も契約関係。問題があれば、訴訟や外部相談へつながりやすい環境。
被害者の声の出しやすさ周囲に気を使って声を上げにくい傾向。「我慢」「空気を読む」文化が根強い。弁護士・労働組合・社外相談機関などへ通報しやすい。「権利を主張する」文化が一般的。
社会の受け止め方メディアでの報道増加により意識が高まってきた。ただしハラスメント疲れの声も。政府や企業が積極的に再発防止策を導入。企業イメージを守るための法的対応が主流。
共通点「立場の強い人が弱い人を追い詰める」構図は同じ。職場環境を悪化させ、心身に影響を与える点も共通。国や文化が違っても、ハラスメントはどこでも起こり得る社会的課題。

世界の事例から見える「共通の課題」

世界各国で発生している「パワハラ」に、共通項はあるのでしょうか。

ここでは、代表的な国で実際に起きた事例を挙げて、共通の課題を探っていきます。

①フランス

フランスでは、大企業幹部がモラルハラスメントで有罪になった「France Télécom事件」があります。

フランス・テレコム社にて社員の自殺が相次ぎ、前代表のほか、2人の幹部が取り調べを受けました。

フランスの刑事手続の際に、この事案において"従業員が自殺するほどひどいモラルハラスメントを受けていた"と正式に認定しました。

そして、前代表と幹部は主犯、あるいは共犯者として、犯罪に関与したと判断されました。

この事件を通じて、モラルハラスメントの加害者を、刑法犯として訴追することが可能であることが明らかになったのです。

参考:独立行政法人労働政策研究・研修機構|各国報告2 フランス法におけるモラルハラスメント 欧州諸国における職場のいじめ・嫌がらせの現状と取り組み

②アメリカ

アメリカでも上司による「精神的いじめ」が訴訟に発展するケースが増加しています。

とある判例を挙げると、アメリカ企業Y1社に勤めるXは別れた恋人Aが上司となり、Aに人種差別発言に始まる中傷等、様々ないやがらせを日々受けるようになり、最終的にAはXの退職を強要するなどの手段に出ました。

これに対しXが上司Aを相手取り訴訟を起こし、その結果、Aは多額の賠償金をXに支払うことになりました。

参考:BUSINESS LAWYERS|米国の職場いじめ(モラルハラスメント)に対する懲罰的賠償

③日本

日本でも、パワハラによる悲惨な過労死事件の発生や、パワハラを受けた相手や会社を相手取った訴訟がおこなわれることがあります。

最近の事件でいえば、日本の化粧品会社で社長から「野良犬」などと言われ長時間にわたり叱責された社員がうつ病を発症し、その後自死をされました。

亡くなられた社員の姉が会社を相手取って訴訟を起こし、その結果、社長はこの事件の責任を取る形で辞任したうえで、同社とともに調停金1億5千万円を遺族に払うことになりました。

こうした痛ましい事件を教訓にして、近年では日本企業の各社で、社内通報制度や相談窓口の整備が進んできました。

参考:化粧品会社でパワハラ、新入社員が死亡 社長辞任し1億円超支払いへ

①~③を踏まえると、国や文化が違っても「人を尊重しない職場環境」は間違いなく問題になるというのが、全世界共通の課題と言えます。

まとめ

今回は主に「パワーハラスメント」を中心に見てきましたが、根底にあるのは「人を尊重しない行為」=すべてのハラスメントに共通する問題です。

国や文化が違っても、ハラスメントは「どこでも起こりうる人権課題」であり、社会全体で防止・改善に取り組むことが求められています。

そして世界の国々と比較してみると、日本の対応は決して遅れているわけではなく、むしろ言葉を生み出して「問題を可視化」したことは、前進といえるのではないでしょうか。

その上で、 法的整備の進め方・ 被害を声に出しやすい環境づくり・ 一人ひとりの意識の変化など、海外の取り組みから学べることも多いです。

ハラスメントは決して日本国内だけのことではないので、被害を受けた場合、自分を責めずに、安心して頼れる人や機関にまず相談をすることが大切です。

そして、経営者・管理職・コンプライアンス部門の責任者は、ハラスメントのない職場づくりを進めていくことが国際的にも重要であることを改めて認識する必要があります。

世界中のすべての国で、誰もが「尊重される職場」が増えることを心より願っています。

関連研修

メンタルリンクでは、今回の記事に関連した研修を行なっております。
詳しくは、以下をご覧ください。

【経営者向け】無自覚なハラスメント防止研修
https://mental-link.co.jp/wp/service/training/unconscious-harassment/

【管理職向け】パワハラ対策研修
https://mental-link.co.jp/wp/service/training/power_harassment_prevention_new/

【全社員向け】パワハラ対策研修
https://mental-link.co.jp/wp/service/training/power_harrasment_measure/

パワハラ加害者行動変容プログラム
https://mental-link.co.jp/wp/service/training/behavior-change-program/

【管理職向け】カスタマーハラスメント(BtoB型)対策研修
https://mental-link.co.jp/wp/service/training/customer_harassment/

【全社員向け】セクハラ・マタハラ対策研修
https://mental-link.co.jp/wp/service/training/harrasment_measure/

【相談員向け】ハラスメント相談対応研修
https://mental-link.co.jp/wp/service/training/harrasment_consultation_response/

パワハラ防止のための感情コントロール研修
https://mental-link.co.jp/wp/service/training/power_harrasment_prevention/

この記事を書いた人

公認心理師/シニア産業カウンセラー

宮本剛志

株式会社メンタル・リンク 代表取締役 教育関係の企業(ベネッセグループ)で事業所や相談室の責任者を経験。その後、カウンセラー・研修講師として独立。 研修・講演は年間約200回、カウンセリングは年間のべ400人。 複数の組織でハラスメント防止委員会の委員を務めるなど社外でも活動している。『なぜパワハラは起こるのか 職場のパワハラをなくすための方法(ぱる出版)』『「ハラスメント」の解剖図鑑』(誠文堂新光社)『怒る上司のトリセツ』(時事通信社)など書籍・メディア掲載も多数。

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